金正男暗殺事件と報道機関のミスリード

金正男暗殺事件に関して、報道機関は大量の紙面や時間を割き、識者の解説と併せて日夜多くの情報を発信している。

しかし、困ったことに報道機関が情報の吟味能力を失っており、さらに識者と呼ばれる方々の多くが、「公的情報を基に最も蓋然性の高い仮説を立てる」という情報の分析において一番重要なことを忘れてしまっている(若しくはそんなこと知らない)為に、まったく見当はずれの「フェイクニュース」だけが日々量産される展開になっている。

実際の黒幕等に関しては別の機会に譲るが、報道のどこが根本的に間違っているかを以下に解説する。

日本の報道機関及び識者の本件に関するスタンスは以下の通り。

 

1)暗殺されたのは金正男
2)暗殺実行者は北朝鮮工作員に誘導された素人女性2名

 

上記条件のうち、情報として事実確認ができているのは、実は「実行犯が素人女性2名」という一点だけである。

暗殺された人物が金正男か、金正男が死亡したのか、逮捕された北朝鮮籍の男性容疑者が本当に北朝鮮の工作員だったのか、女性2名が素人だという事実以外は「一切確認されていない」情報である。
そして、これらの未確認の情報を分析するには、情報から得られる波及効果同士の衝突を極力排除する仮説立て、その仮説立証のための裏取り調査という手順を踏む必要がある。

情報戦や破壊工作や暗殺などを行う国家の暗部は、その実行が自国によるものであると明示されると困る。だから正規兵や民間人ではなく、それ専用に訓練された工作員を使う。
実際の作戦を実行する工作員は「身元が判別しない、実行の痕跡を極力残さない」事を徹底的に叩き込まれる。
自分は関係ないというスタンスを取りながら、わかる人には誰がやったかわかる=特定の人に対してのみ強烈なメッセージを送ることが暗殺や情報操作などの最大のメリットで、実行が明示されてもいいなら、それはすなわち武力行使を行った方がより広く、より多くの人に、より明確なメッセージを送れる。

それを選択せず水面下での作戦を実行する以上、それ相応のメリットと理由が必要になる。

実行国を明示しなくても、関係者や専門家筋には、手口や時期、場所などの情報で誰の仕業か推定できるし、見せしめならそれで十分。国家が名乗りを上げて非合法殺人を他国内で行うことによって被るデメリットは、最悪国交断絶まで想定できることから、そのデメリットを引き受けてもなおお釣りがくるだけのメリットが実行国に存在するかを考えなければならない。

 

よって、暗殺などの事件が起こった時には、まず「明示される証拠が大量に残っている国は主犯の第一候補から外す」のが、情報分析を行う上での第一歩になる。(重要なのは”第一候補から外す”ことで、検討対象から外してはいけない)

 

金正男の暗殺事件も、情報分析の第一歩はまずここから始めないといけない。

 

「犯人の一人が北朝鮮籍」
「正男の偽装パスポートが北朝鮮籍」

 

この情報が流れた時点で、「身元を隠すべき工作員が本国のパスポート使うか?」「正男は暗殺の可能性があるのに、北朝鮮に行動を把握される北朝鮮の偽造パスポートをなぜ使用してマレーシアに入国しているのか?」に注目すべきである。

知識上も経験上も、こんな非常識な暗殺工作員も、暗殺対象者も見たことがない。
あるとすれば、スパイ映画の中に登場する工作員と暗殺対象者くらいである。
もちろん、暗殺失敗やずさんな計画で痕跡を隠そうとしているのに隠せていない杜撰な工作例もあるが、今回の件は隠そうという行動が見えない。

 

これに加えて「自ら実行した暗殺の対象者遺体を何故欲するのか?」「なぜ防犯カメラ画像が残る空港で実行したのか?」「なぜ”被害者の意識不明写真”が流出したのか?」にも、きちんとした検討をする必要がある。

死亡確認の必要があるのなら、ホテルの客室内など人目のつかないところで殺害し、死亡を確認すればよいし、遺体自体が必要なら遺体が欲しいなら拉致して海路で運んで本国で殺せばいい。
マレーシアにとってみれば、自国の空港内で暗殺が起こったことは大変不名誉なことであるが、にもかかわらず、防犯カメラ画像が早々に流出し、挙句の果てには搬送直前の被害者の写真が地元新聞の一面を飾っている。

隠密裏に事を運ぶべき暗殺に対するこれらの矛盾について、報道機関も識者きちんと答えていない。

 

金正男の暗殺事件、現時点では少なくとも一人か二人の識者の見解を除き、まともな分析も報道もない。

困るのは、その分析結果が間違っていると「日本が今後巻き込まれる世界情勢の変化」で有効な対応が出来なかったり、対策する時間が無くなる可能性があるということで、その分析結果を基に様々な対策を取らなければならない人たちや、その影響を受ける国民にとっては頭痛の種である。

 

もちろん情報分析の結果に幅があるのは致し方ないし、それ自体を問題にするつもりはない。

ただ、目の前に見えている矛盾を「謎」とか言って放置するのは如何なものかと思う。

情報分析以前に、きちんとした報道の責務すら放棄していると言われても仕方がないのではないか。
そして、推論とか仮定のコンフリクトを放置しておくとか。蓋然性が高いシナリオを設定できない情報分析って、分析といえるのかどうか疑問が残る。
分析結果を「映画の見すぎ」等と揶揄する向きもあるが、昨今の報道事情はその映画のシナリオにすらなっていないことが問題なのである。



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  • コメント
  • 匿名
    [2017/03/24 22:55]

    ミャンマーの話は?


"青木文鷹" is creating "鑑定人、情報分析"
鑑定人と情報分析のプロです。マスコミが知らない報道の真相等執筆してます。書籍の監修や自著も出してます。
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