連載小説「潜入捜査~」第1話

『潜入捜査で正体がバレちゃいけない状況で身体改造を強要される退魔師芹香ちゃん』

第1話 「潜入開始」

 

「ふぅ、これで終わりっ」

 

 一度小さく息を吐いて少女は刀を鞘に収めた。

 身の丈ほどもある長い刀だというのに、その姿はどこかしっくりしている。

 腰に届くほどの長髪を束ねたポニーテール。幼くはあるが整った顔立ちで、冷たいイメージの刀とは対象的に朗らかな表情を浮かべている。

 その存在だけでも違和感の塊だったが、周囲の環境がそれをさらに浮き彫りにしていた。

 

 この街はかつて工業都市として栄えていた。

 巨大工場や中小工場の集まりで見栄えこそ良くはないが、この国の工業の発展に大きく貢献してきたことは事実である。

 そんな大都市だが、深夜であることを抜きにしても人の気配は感じられない。

 

 その異変は人知れず、しかし着実に人々を蝕んでいた。

 住民の失踪。一人の行方不明に始まり、次々と住民が姿を消していく。

 そんな中起きた集団失踪をきっかけに、この街は衰退の一途をたどっていくこととなった。

 再開発の計画も浮上したが、それも謎の事故により頓挫。

 今では誰も触れることはないゴーストタウンと化していた。

 失踪の噂にも尾ひれがつき余計に人が寄り付かなくなるほど、この街は社会から隔絶されていたのだ。

 

 そんな場所に少女は臆する様子もなく工場群を見下ろしていた。

 目の前には得体の知れない『生物だったもの』が横たわっている。

 真っ二つに切り裂かれ、完全にこと切れているようだ。

 これこそこの街をゴーストタウンへと陥れた原因。

 そして、それは一見どこにでもいるような少女に敗れ命を落としたのだ。

 

 人間社会で生活を送る一般人には見慣れない光景だが、少女にとっては違う。

 今月だけでも五体のこの生物の討伐を成功させていた。

 もちろんこの生物が脆弱なわけではない。

 一般人の集団失踪の原因であり、このゴーストタウンの生みの親なのだ。

 そう容易く組み伏せられるはずがない。

 しかし、少女には傷一つも見受けられない。

 呼吸を荒げることもなく、ただただ静かに佇んでいた。

 

 桐生芹香(きりゅう せりか)はその将来に大きな期待をされていた。

 人間に害を成す化物。『淫魔』と総称される生物に唯一対抗する術を持つ退魔師としてだ。

 親はともに代々退魔師を生業とした名家の生まれであり、芹香はその長女として生を受けた。

 幼少から退魔師としての類まれなる才能を発揮し、始めて淫魔を屠ったのは九つの頃。

 退魔師として独り立ちするのに最低でも十年の修行が必要と言われるこの世界で、独力で淫魔と対峙した芹香は異質と言っても良かった。

 もちろん厳しい父母の訓練の賜物ではあったが、その才能が突出しているのは誰の目にも明らか。

 さらに歳を重ねてもその才覚が衰えることはない。

 今ではすでに親の技量ですらをも上回っているのではと、噂が流れるほどだった。

 討伐してきた淫魔は数知れない。

 その中には一流に退魔師ですら討伐に危険を伴う上級の淫魔も含まれていた。

 一度敗北してしまえば待ち受けるのは破滅。

 そんな凶悪な化物すらをも芹香は討伐してきたのだ。

 その可愛らしい容姿に加え希代の才能の持ち主である芹香に、羨望の眼差しを送る後輩退魔師も少なくなかった。

 退魔師界隈では顔の知れた有数の実力者なのだ。

 

 

+*+*+*+*+*+*+*+*+

 

 

「早速で申し訳ないが、本題に移らせてもらうよ」

 

 芹香の所属する退魔師協会。そこで中枢を担う男は芹香に資料を渡す。

 これまで幾多の淫魔を討伐してきた芹香だが、無闇に淫魔を探してきたわけではない。

 淫魔の出現情報、討伐依頼が協会に送られ、その内容に見合った退魔師が選出されるといったシステムだ。

 渡された資料は淫魔に関する情報が記されているのだろう。

 芹香はいつもの様子で淡々と資料に目を通していく。

 

 表紙には極秘の判が押され、続けて秋麗女学院調査報告書と記されていた。

 さらに読み進めていくと、その内容がいつもとは異なることに気づく。

 退魔師の役割はあくまで淫魔の討伐だ。

 つまり重要なのは対象の淫魔の詳細。能力の有無、膂力の程度などだ。

 だというのに資料には淫魔の情報はほとんどなく、書かれているのは見知らぬ学園の詳細ばかり。

 一通り目を通して今回の案件が厄介であることを把握する。

 

 淫魔の行動目的は単純だ。自らの欲望を満たす。それに尽きる。

 その目的のためならば人間を誘拐するし殺しだってする。

 その行動に複雑なものは何もない。

 しかし、稀にいるのだ。こうして人間社会に紛れ込む淫魔が。

 その目的は他の淫魔と変わりない。己の性欲を満たすこと。

 しかし、それを目立たず実行する。そして、誰も知らぬまま被害者が増えていく。

 

 人ひとりを犠牲にしているのだ。

 なんらかの不和が生じ問題が起きるのがほとんどだ。

 そうなると話は早い。芹香たち退魔師の出番だ。

 事の発端となっている淫魔を討伐し、問題は解消される。

 

 しかし、何事もなく淫魔の思惑通りにことが運んでしまった場合。

 これが厄介なのだ。

 それは淫魔が人間社会にとけこみ、目的が果たされていることを意味している。

 当然、並の淫魔にそれを成し遂げられるはずがない。

 その中心には上級の淫魔が介在しているのは明らかだった。

 

「資料に目を通してもらえば把握してもらえるだろうか」

 

 この学園の抱える問題は以下の通りだ。

 在学生、卒業生の淫行による補導率の高さ。一部の生徒の失踪。

 とはいえ、その程度であれば社会が抱える問題にすぎない。

 そこに淫魔の関係性は見受けられなかった。

 

「はい、情報収集ですね」

「うむ、淫魔の存在が確認できれば我々も動ける。芹香くんには学園へ潜入してもらい確定的な情報を入手してもらいたいのだ」

 

 先程も述べたとおり退魔師の役割は淫魔の討伐だ。

 情報収集を役割としているものはまた別にいる。その道のエキスパートだ。

 しかし、そんな彼らが淫魔の関わりを証明できずにいる。

 もし淫魔が関わっているとすれば相当な実力の持ち主に違いない。

 もちろん、その任務のリスクも先日のものとは比べ物にならないだろう。

 

「わかりました。任せてください」

 

 しかし、芹香は迷うことなく任務を請け負う。

 そこに臆するような素振りはまったくなかった。

 これまで積み上げてきた自信。そして、その誇りがそうさせたのだ。

 いつもと変わりはない。ただ自分の使命を果たすだけ。

 退魔師としての尊厳を胸に芹香は任務のため、秋麗女学院へ乗り込んでいくのだった。

 

 

+*+*+*+*+*+*+*+*+

 

 

「目立たず慎重に。でも、確実に、だね」

 

 潜入初日を迎えた。芹香は秋麗女学院の制服に身を包み、校長室を前にしていた。

 退魔師として淫魔の討伐を生業としている芹香だったが、潜入捜査に取り組む彼女の手際は見事なものだった。

 各種手続きを済ませ、関連情報は完全に頭に叩き込んでいる。

 もし淫魔が関与していた場合の計画も練り上げていた。

 調査の準備は万全と言ってよかった。

 

 調査の条件は以下の通りである。

 一つ。自分の正体。退魔師であることに気づかれてはいけない。

 今回の目的は調査であり、淫魔の討伐ではない。

 多少、無理難題に直面したとしても、一般人のように振る舞わなければならない。

 一つ。期間は最低でも一ヶ月。

 秋麗女学院は全寮制を採用している。

 外出はかたく禁じられており、携帯電話などの通信機器も持ち込むことができない。

 月に一度の外出日だけが外界と接点を持つことのできる唯一のチャンスなのだ。

 

 この条件を満たし、任務を、淫魔の関与の有無を調べなければならない。

 しくじれば悲惨な未来な待っている。

 これまで幾度となく淫魔の犠牲者を見てきた芹香は、その恐ろしさを充分に知っている。

 しかし、彼女にそんなヴィジョンは見えていない。

 恐怖は視野を狭め思考の余地を削いでいく。

 それをこれまでの経験で学んできたからだ。

 ただ淡々と任務をこなす。それが彼女の信条であり、誇りなのだ。

 

「失礼します」

「おぉ、君かい。噂の転校生は」

 

 椅子にどっしりと腰をおろす男は、ふくよかな好々爺といった容姿だった。

 白髪に立派に伸びた髭。学園の主にふさわしい立派なスーツを着こなしている。

 

「いやぁ、君のような優秀な生徒に入学してもらえるとは、我々も鼻が高いよ」

 

 転入に際して試験が実施されていた。

 もちろん芹香にとってはわけないものだったが、その結果がよほど満足いくものだったのだろう。

 鼻の穴を膨らませ、校長は興奮気味に笑みを浮かべていた。

 一見、人が良さそうな人物だが、芹香が気を緩めることはない。

 どのような形で淫魔と関わりを持っているか知れないからだ。

 人物像やその経歴などは判断材料にならない。淫魔はそれほどの力を有している。

 

 芹香も愛想笑いを浮かべ、そつなく対応する。

 どこで淫魔の目にふれるかもわからないのだ。目立つような行為は避けなければならない。

 どこにでもいそうな女生徒。退魔師の芹香はその鱗片を晒すことなく、無害を演じ続ける。

 

「さ、君のことを話してくれ。紅茶でもいかがかな? ゆっくりしていってくれたまえ」

 

 そう言って校長はティーカップに紅茶を注ぐ。

 なんの変哲もない普通の紅茶だ。辺りに心地の良い匂いが広がる。

 とはいえ百戦錬磨の芹香が、無闇にそれを口にすることはない。

 すでにここは敵地。いつ淫魔の毒牙にかかってもおかしくないのだ。

 普段の芹香であれば、紅茶を摂取することはなかっただろう。

 

 しかし、潜入捜査の条件が、芹香からその選択肢を奪っていく。

 退魔師の正体に気づかれるわけにはいかない。

 些細なことではあるが、それで目を着けられるのは得策ではない。

 仕方なく一口紅茶を含んだ。その瞬間だった。

 

「……っ」

 

 背筋を走るわずかな悪寒。その感覚を芹香はよく知っていた。

 淫魔と対峙したとき特有の感覚だ。妖気とでも言おうか。それが芹香の喉を蝕んでいく。

 しかし、芹香が表情一つ変えることはない。

 妖気は一般人には決して感じ取ることができるものではない。

 紅茶に含まれているからといって、その味が変化するというわけでもないのだ。

 修行により育まれたセンサー。それを持っている芹香だからこそ気づくことができた。

 

(ビンゴっ。真っ黒じゃないこの学園っ)

 

 思っていたよりも呆気なく淫魔の関与の確証を手に入れた。

 しかし、これで任務完了というわけにはいかない。

 淫魔の正体を掴み報告するまでは、気を緩めるわけにはいかないのだ。

 

(それにしても……どんな効果を持っているんだろ、この紅茶)

 

 妖気を感じ取ることができたが、その効果まで把握することはできない。

 なにかしら特殊な効果を持っていることは間違いない。

 油断してはダメだと自分に強く言い聞かせる。

 

 その紅茶は軽い依存性を持っており、また口に含みたいという衝動を生み出していた。

 警戒している芹香だからこそそれ以上摂取することはなかったが、そうでなければ淫魔の思うがままその効果に蝕まれていただろう。

 

(多分、これも効果の一部……)

 

 そうして紅茶を過剰に摂取させ、別の効果で蝕んでいく。

 それがこの学園の闇へと繋がっているのであれば、許すわけにはいかない。

 いっときも早く黒幕を見つけ出し、討伐に取り掛からなければならない。

 気合を入れ直す芹香だったが、彼女は知らない。これはまだ手始めにすぎないことを。

 知らずしらずのうちに芹香はその泥沼に呑み込まれていく。

 

「そして、小学校卒業してからはーー」

 

 その胸の内を悟られぬよう、淡々と経歴を話し続ける。

 もちろんそれも詐称したものだが、まるで自分のことのように話す話術に校長も疑問を抱くことはないようだ。

 

(よし、とりあえず問題なく済みそうね)

 

 話も終わりに差し掛かった頃だった。

 ここまで完璧に転入生を演じ、気の緩んだ芹香を叱咤するように激しい頭痛が彼女を襲った。

 

(なに、これ……ッ、頭に、もやがかかったような)

 

 紅茶は一口しか含んでいない。

 一般人には絶対的な効力を持っているとはいえ、芹香は退魔師だ。

 妖気への耐性は充分。たった一口でこれほど激しい頭痛に見舞われるはずがないのだ。

 何かを見落としている。改めて注意を払うとその原因はすぐにわかった。

 

(まさかっ)

 

 ずっと校長室にいたからこそ気づくことができなかった。

 今思えば紅茶も囮のようなものでしかなかったのだ。

 部屋中は妖気で満たされ、芹香はそれに好き勝手に蝕まれていた。

 

(多分、紅茶は霊力を乱すため……)

 

 意図せず窮地に陥った芹香だったが、冷静さは健在だった。

 その推察通り、紅茶は判断力を鈍らせる効力を持っていた。

 一般人であれば思考能力を欠如させ、退魔師であれば妖気へのアンテナを鈍化させるといったもの。

 それが徐々に校長室を満たしていく妖気を隠蔽していたのだ。

 これまで自分の経歴を話している間、もちろん呼吸を止めてはいない。

 知らず知らずのうちに芹香は妖気を吸い、身体を穢してしまっていた。

 いくら耐性があるといっても、これほどまでに毒されては無事ではすまない。

 

 校長に怪訝に思われるなく、自己紹介を済ませることはできた。

 しかし、その代償はあまりにも大きなものだった。

 

「なるほどなるほど。これは楽しい学園生活になりそうですなぁ」

 

 ぼんやりする頭に喝を入れ、芹香は相槌をうつ。

 これ以上妖気を取り込むわけにはいかない。

 早いところ校長との面会を切り上げこの部屋を抜け出したいところだが、その時部屋にノックの音が鳴り響く。

 入ってきたのは芹香よりも一回りほど年上の女性だった。

 

「あぁ、そうだった。芹香くん、紹介するよ。君の世話係の楓くんだ」

「世話係、ですか?」

 

 潜入の際、頭に入れた情報にそれは含まれていなかった。

 が、芹香がそれを気にかけるほどの思考の余地は残っていなかった。

 芹香を蝕む妖気は早くもその効力を発揮し始めている。

 

「我が校は生徒は少ないが、できる限り目をかけるようにしていてね」

 

 私立だからこそ成せる待遇だろう。

 詳しく聞くとこの学園では生徒一人ひとりに世話係が付くらしい。

 そしてその世話係と三年間の生活をともにする。

 潜入捜査のために入学した芹香にとってはお目付け役のような存在だ。

 この潜入がそう簡単ではないことを、芹香は改めて思い知らされる。

 

 しかし、当の本人である世話係。楓と呼ばれた女性も妖気を纏っている様子はない。

 おそらく彼女もまた淫魔に加担しているのだろうが、今はまだその確証はない。

 薄い化粧に整った顔立ち。印象に残りづらい風貌の彼女は感情の感じられない声で淡々と自己紹介をする。

 

「水島楓です。三年間よろしくお願いします」

「桐生芹香です。こちらこそよろしくお願いします」

「よし、それじゃあとは任せるよ楓くん」

 

 こうして校長との顔合わせは終わった。

 この日は休日。本格的な学園生活は明日からだ。

 しかし、この短時間で芹香は手痛い仕打ちを受けてしまっていた。

 そのことに本人が気づくのはこのすぐ後なのだが、芹香がそれを知る由もなく校長室を後にする。

 

(まずは身体に溜まった妖気を抜かないと……)

 

 寮に戻り明日の支度を済ませる手はずになっているが、ことはそう単純ではない。

 これが退魔師芹香のかつてない苦境の幕開けだった。



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