退魔の領域 伊吹咲菜① 淫魔リーリエ

休日の深夜、人気の耐えたオフィス街。

月曜の朝までここに人通りが戻ることはない。

さらにそこから一本脇道に入った路地の裏。

脹脛まである長く黒い耐水コートを纏いフードをかぶった160センチにぎりぎり満たない人影が、雄叫びを上げる二回り以上背丈の違う人型に壁際を背へと追い詰められていた。

大きい方の人影はさらに一歩、猫背でコートの影に詰め寄った。

その姿勢でも二メートルはありそうな人型だ。

しかし、近づいてみれば、明らかに人間ではない。

皮膚は土気色に染まり、顔は鬼のような異形。四肢は肥大化して成人男性の4倍もの太さになっている。

化物がコートに飛びかかる。

一瞬先の結末は火を見るより明らかだ。

だが、そうはならなかった。

シャン…と鈴の音のような音がなる。

いつのまにか、コートの手には鈍色に輝く一振りの刃と、それを収めるための鞘が握られ、そのコートを纏った身体には白く粘ついた液体がまるで返り血のようにへばりついていた。

化物はもう動けない。

四肢の全てが胴体から切り離されている。

切断された四肢の断面からはコートの全身についているのと同じ、白くねばねばとした液体が止めどなく溢れている。しかしそれでも化物はコートに向かって敵意を向けるのをやめない。四肢を失った体をうねらせ、歯を剥き、意味不明の唸り声を上げながら、コートへとにじり寄ろうとする。

その様子をまんじりともせずに眺めていたコートは、刀を逆手に持ち帰ると、その刃を持って化物の頭を地面へと縫い付けた。

頭を串刺しにされ、今度こそ化物は完全に生命活動を終えた。

 

「はぁ...はぁ...こいつも..外れね...」

 

熱っぽい息を吐きながらコートが言う。

膝まである長いコートをまとった小さい影は、その熱を逃がすように、白濁液でぐちゃぐちゃになったそれを指でつまむように脱ぐと、汚れた路地の地面へと落とした。

 

現れたのは黒髪の少女だ。

小作りな卵型の輪郭に和風を感じさせつつカジュアルなショートカット。

髪の一部は長く伸ばし腰まで届きそうなサイドテールにしている。

濡れて切れ長な瞳、長く黒いまつ毛はその目元に幽かな影を落とす。

薄くつややかな桜色の唇、ツンととがった顎とほっそりとした首筋。

服装は黒いブレザーにプリーツスカート。

同年代の平均よりわずかに豊かな胸を白のカッターシャツと黒のスリムなネクタイが彩る。

トレーニングにより細く引き締まった腰がスレンダーなスタイルの良さを強調し、

腰から伸びる臀部はその印象を崩さず、だが豊かさを感じさせる絶妙なバランスだ。

桃尻からは女性らしい儚さと戦士の力強さを併せ持つ太ももが伸び、さらにカモシカのような脹脛、細い足首へと続く。

それらの理想的な脚線美は60デニールのタイツと磨き上げられた黒のローファーで包まれている。

伊吹咲菜は、頭の先から爪先まで、少女特有の透明感を感じさせる美少女だった。

 

少女、伊吹咲菜は熱っぽい額に手を当てつつ、じれったそうにスカートのポケットから携帯を取り出しすと登録されている番号にダイヤルした。

 

「もしもし、玲衣?こっちも外れだったわ...うん、そう。リーリエとは関係ない。知能のない件族だった。ほかの可能性の高そうなところから当たってみる...もう時間もなさそうだしね」

 

咲菜は携帯をスカートのポケットにしまい、異形につき立てていた刀を引き抜き、腰に釣った鞘に収めた。

 

「くぁ...っ...」

 

咲菜はついに明確に感じている時に出す類の声を漏らしてしまった。

戦闘中もずっと我慢していたがもう限界だった。

腰とお腹の中間、正確には子宮のあたりを抱くように抑え、コンクリートの路上に膝をつく。

気力で無視して抑えていた淫紋の疼きが一気に身体へと襲いかかる。

淫紋の侵食効果を抑えるために処方されている薬の錠剤ケースを疼きで震える手でスカートのポケットから取り出し、水もなしに数錠を飲み下した。

 

「はぁ、はぁ...こ、これで...少しは...ふぅ…くっぅ...」

 

(淫紋の疼きが強くなってるっ...リーリエの力が強くなってる証拠ね...あいつは絶対にこの近くにいるはず...絶対に見つけてやるわ..絶対に殺す...)

 

這いずるようにビルの壁に寄りかかり、薬の効果で身体の疼きが去るのをじっと待つ。

淫紋からの快楽は常に咲菜を苛むが波のような周期がある。

波が大きいときは、本当に最悪だ。

大声で悶え、のたうち回るのをこらえるだけで、精神力のすべてを使わなければならない。

さっきの薬を飲めばなんとか耐えられるがそれでも辛い。

咲菜はこの忌々しい淫紋を刻んだ淫魔リーリエを追っている。

 

淫魔。

美しい人間の女性の姿を取り、膨大な魔力を持ち、長大な寿命を持つ半不死の異形存在。

彼女たちは人間の精気を糧にする。

特に若く美しい女性を好む。

さらにその中でも、霊力を持ち大量の精気を得られる人間を狙う。

そう、咲菜のように若く美しい退魔師の少女は彼女たち淫魔にとって最大の敵であり最上の獲物だ。

淫魔は咲菜のような退魔師に自分の魔力を刻み、熟成させて自分好みにしてから精気を吸い取る。

咲菜の腹部、子宮の位置にある魔法陣のような痣、淫紋がそれだ。

淫紋は淫紋とリンクし彼女達の魔力を刻んだ対象に流し込む。

流し込まれた魔力は、対象の身体を侵食する。

そして、その身体を淫魔が精気吸いやすい体質に変えていく。

性欲を増進し、性感の感度を上げ、霊力を使うと快感を感じるような身体に。

 

この侵食を止めるには、淫紋を消すしかない。

しかし、淫紋はそれを刻んだ淫魔を倒さなない限り消えない。

そして、淫魔を倒すためには霊力を使って戦うしかない。

これではまるで、自傷行為だ。

咲菜はこの悪循環に苦しめられている。

 

咲菜はこの忌々しい淫紋を消すために、これを刻んだ淫魔リーリエを追っている。

今は何とか退魔機関が作ったこの薬で効果を抑え込んでいるが、それももう限界。

薬の量を倍にしても飲み始めた当初ほど効かなくなってきている。

昨日もベットで悶え苦しみ、ほとんど眠ることができなかった。

今も淫魔の件族を倒しただけで、動けなくなりこのざまだ。

淫魔の出現の一報を受けて、出撃する前に変えたショーツはもう愛液で濡れきっている。

 

「リーリエ...絶対に、絶対に殺してやるわ...」

 

咲菜は自分に言い聞かせるように決意を口に出した。

 

油断していたわけではない。

敵を倒して警戒を解き、安堵と疲労、押さえつけていた快感により意識が弛緩した瞬間。

その一瞬を狙われた。

 

「うれしい~咲菜ちゃんまた私と遊んでくれるんだ~♪」

 

「ふぁっ!?」

 

咲菜は突然背後から柔らかく抱きすくめられた。

耳元に吐息を吹きかけられながらささやかれ、腹部に刻まれた淫紋を細く長い指でいやらしく撫でられる。

柔らかい女体にぴったりと絡みつかれ、体中から抵抗する力が抜けそうになる。

淫紋という致命的な弱点を刻まれ、弱った身体には抗いがたい快感。

しかし、萎えそうになる意思に活を入れ、なんとかそれに堪えて踏ん張る。

歯を食いしばり、腰の刀の柄に手をかける。

身体を任せてしまいたい欲求をはねつけるには、相当な忍耐力が必要だった。

 

「このっ... ぉ!」

 

そのまま振り返りざまに鋭く抜刀。身体を回転させ、抱きついてきた背後の存在を薙ぎ払った。

わかっていたことだが、手ごたえはない。

刃はビルの壁を真一文字に切り裂いただけだ。

 

「咲菜ちゃん怖いよ~?」

 

今度は逆側から同じ声が聞こえる。

声の主は最初に咲菜の背後を取り、一瞬でその逆側に周りこんだのだ。

 

「会いたかったわよ...リーリエ…!」

 

咲菜は声のほうへ振り向き、人を殺せそうな鋭い視線を投げつける。

そこには絶世の美女がいた。

身長は175センチ程度、女性にしては相当に高い。

青いロングのストレート、豊かな胸は黒いボンテージスーツと革のジャケットに押し込まれている。

胸と同じく豊かな臀部から伸びる長く力強い脚は薄いピンクのストッキングにつつまれ、ハイヒールで高い身長をさらに高く見せ、挑発的な笑顔をその美しい顔に張り付かせている。

そして、背中からは一対の翼が生えていた。

 

「私がこれだけ近くにいるとつらいよね~淫紋。疼くでしょう?お腹の調子はどう?ほかのみんなは元気?栞梨ちゃんと玲衣ちゃんにも会いたいなぁ~」

 

リーリエは咲菜の視線にまったく動じずに快感に震える彼女をニヤニヤと鷹揚に眺める。

 

「あなたの遊びに付き合わされるのはもうたくさん。貴方を討伐してこれを消すわ」

 

「淫紋でふらふらでびくびくの敏感な身体できるかなぁ~?いまのこの私は影。倒しても無意味だよ?私の本体は領域の一番奥。咲菜ちゃんはそこまで来れる?前回は失敗してるよねぇ」

 

「...っう!」

 

咲菜はねっとりと耳に絡みつくリーリエの声で前回の敗北を突きつけられた。

心と身体に刻まれた最悪の経験。

思い出すだけ身体がすくむ。

 

「つらいよねぇ〜、胸もあそこも疼いてしょうがないんじゃないの?」

 

「うるさい...そんなの関係ないわ。私は絶対にあなたを殺す」

 

リーリエの視線が咲菜の胸や腰、太腿に絡みつく。

蛇のようなねちっこい視線。

咲菜はその視線から逃れるように刀を構えた身体を半身にしながらリーリエを睨みつける。

 

「咲菜ちゃんのそういう余裕がないのに強がるところところいいわ〜そういう子に淫紋を刻んで領域で「助けて〜〜〜やめて〜〜〜」正直に叫ばせるのが大好きなの!今の咲菜ちゃんはどこまで耐えられるかなぁ〜本当は今すぐ逃げ出したいんじゃない?」

 

リーリエは咲菜の射殺すような視線に全く動じず目を細めてニヤつきながら咲菜の本心を見透かしたようにいう。

咲菜は図星を付かれ、無意識のうちに刀を構えた肩が跳ねる。

リーリエはそれを見逃さない。

 

「すこしだけ正直になったわねぇ〜でもぉー来るしかないよねぇ?私を放っておいたら身体がどんどん敏感になって勝ち目もどんどんなくなっちゃうもんねぇ〜?私を倒しに領域までいらっしゃい。たくさん可愛がってあげる」

 

リーリエは妖艶にほほえみ、舌なめずりしながらそういうと、溶けるように消えた。

影を使った分身。

今のは、本当に挨拶だけだったようだ。

リーリエは遊んでいる。

淫紋に侵食された咲菜は、リーリエにとって獲物のネズミだ。

一口で平らげてもいいが、その前に小突き回し、虐めて、遊びたい。

できるだけ楽しんでから食べたい。

咲菜が自らの意思で領域に踏み込み、淫らな罠に弄ばれ、悶狂った末に末に敗北するのを眺めたいのだ。咲咲咲

 

「今度は絶対にうまくやるわ...絶対に」

 

咲菜は自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 

リーリエの気配が完全になくなったことを確認すると、咲菜は刀の切っ先をおろした。

薬が効き、身体の疼きは多少ましになってきた。

しかし、もう時間がない。

これ以上、淫紋の浸食が進み快感が抑えられなくなればまともに動けなくなり、淫魔の支配する領域内での戦闘は絶望的になる。

たとえ勝ち目が薄く、罠だとわかっていても自分から罠に飛び込むしかない。

やるしかないのだ...。

そこまで考え、覚悟を決めた時、携帯の着信音がなった。

咲菜はスカートのポケットから携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。

 

「急いで帰ってきてください領域が確認されました。これから撫子班で突入しろとの命令が降りています。先方は貴方でいくとのことです。場所は端末に奥っておきました」

 

電話口のの主は一之瀬栞梨だ。

努めて冷静を装っているようだった。普段の彼女と比べると、どこか熱っぽい声。

無理もない。栞梨もリーリエに淫紋を刻まれた退魔師のうちの一人だ。

彼女も咲菜と同じく、リーリエが領域を広げるために活性化された魔力の影響を受ける淫紋の侵食に苦しめられているのだろう。

 

「今、張本人とあっていたところ。すぐ.向かうわ」

 

咲菜は短くそれだけ伝えると電話を切り、領域に突入するための集合地点へと向かった。




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